【青年の世界】




誰かが背中を通り抜けていった。
 何かに急かされるように飛んでいったその人の後ろ姿に覚えがあったので手を振って見送る。
名前は覚えていない。色が黒かったのでなんとなくシゲルさんと呼んでいた気がする。
 隣を這っていた彼女がなんだか不思議そうな顔をしながら一緒に手を振ってくれた。
あまり目が良くないので視えないのだろう。
 きっともう会うことはないだろう。彼は経験的にそれを知っているから、少し寂しく思った。シゲルさんは大変に色が黒くて面白い人だった。
 死んでしまったら大抵おしまいなのだ。彼らは皆どこかにいってしまう。色んな人がいってしまったから、それはよく知っている。
 どこかへいってしまった人達は多分自分たちとは関わりを持てないし、自分たちが影響を及ぼすこともないのだ。
 しまった事はしまった事だから。それはどうしようもない。
 過ぎ去ったものは過ぎ去った時点でもうどこにもないものだから、たまに思い返して楽しかったとか変だとか思うけど、それほど執着することもない。
ただ、いってしまう人を見送るのは寂しかった。
 だから彼はそのお話が好きだ。
 人は死んでしまうとタマシイ――たまに浮いているなんだかもやもやしたものをそう呼ぶらしい――が飛んで行ってルンボだかランボーだか、なんだかそういう場所を通ってまた新しい人に生まれ変わるらしい。
 とにかく通ってくる場所らしいので、名前は重要ではない。
 よく祖母が語ってくれたそれはあくまでおはなしで、だから本当にそんなことが有るかどうかなど、彼には確かめようがない。
 ただ、その方が楽しいから、それに関しては信じている。どうせそんなことを決めるのは自分ではないのだと、彼はそうして気楽に構えている。
 違うなら違うで、そんなことは自分に知れたことではない。
 新しく生まれてきた人はその時生まれた人でしかないから結局同じ人ではないのかもしれないけども、それならそれで友達になればいいことだ。
 気がつくと彼女は大分前に居て、心配そうに彼を見ていた。どうやら立ち止まっていた事に気づいて、のんびりと彼女においついて、ふと、訊いてみた
――シゲルさんが違うシゲルさんになったら、どんな名前で呼ぶだろう。
 彼女はさっきより不思議そうな顔をして、ちょこちょこと地面にまつざき、となぞった。
 どうしてそうなるのかは彼にはよく分からなかったけど、なんだかシゲルさんに合っている気がして、そうだね、それがいいと破顔する。
 ひと通り笑って、とても嬉しかったので彼女の美しい頭を撫でてから、じゃあ行こう! と怪しい発音で叫ぶ。
 歩いた先にはまた誰かいるかも知れない。