ある日のことである。
ストレリチア・アルテティートは暇を持て余していた。
夕暮れ時、窓から赤みがかった日の光が差し込んでくる頃、
学院のいつもの部屋でココア片手にだらりとソファに座っていた。
そんな彼女の視界に入ったのは何やら窓際で紙に文章を書いているイーサの姿である。
質の良い白い紙が、十枚ほどだろうか、右上に穴が開けられて、紐で綴じられている。
その5,6枚目辺りに何かを熱心に書きつけているようだった。
「それ何してるんですー?」
いつものように無防備に聞く。
イーサはスティの方を振り向き、ちょっとはにかんだように笑って書いていた物を見せた。
イーサが振り向いた時にその華奢な身体の影から僅かに見えたのは窓際に置かれた植木鉢、
イーサが見せた物は何やらこまごまとした文章と、その植木鉢の絵らしき物。
上手い、とは言い難い物の、所々特徴をとらえたそれはやや丸みを帯びた女の子らしい輪郭で描かれていて、
スティはそれを見て、やはり彼女は、何処かへふわふわと飛んで行ってしまう紐の無い風船のようなところがあっても、一人の少女なのだ、と感じる。
植木鉢の絵は、葉っぱなどが円で囲まれていて、そこから直線が延び、直線の先にまた一文、二文と文章が書かれている。
細く、小さい声でイーサはそれが何であるかを言った。
「観察……日記……」
「観察日記?」
スティが聞き返すとイーサは小さくこくりと頷いて、
「薬草……の……」
と、付けたす。
はて、とスティは思う。
自分の知識に間違いが無ければそれは薬草と言うよりは幻覚作用のある毒草だったような、
まぁそれでも人によっては全部ひっくるめて薬草と言う人もいるのだろう、そう自分の中で結論付ける。
「課題か何かです?」
スティの問いかけにイーサはまた小さく、こくりと頷く。
何だかイーサが学びそうにない事だなぁともスティは思うのだが、
魔術の触媒として薬草を乾燥させた粉末などを使う事もあるし、こう言う事も時々習うのだろう。
「観察日記……観察日記ですかぁ」
スティは一人呟く。
イーサは少し目を細めて、またこくりと頷く。
「意外、と……楽しい……」
また細い、小さな声。
それを聞いたスティの顔にはじんわりじんわりと笑みが広がって行く。
何か良い事思いついた、とでもいうような、そんなにんまりとした笑み。
「観察日記ですってー」
「なんでそこでボクの方を見るんだい」
アティア・フォルティエはミルクティー片手にげんなりした顔を見せた。
 
 
《観察日記》

 


 
「はぁ、観察日記ねぇ……」
溜息とも呆れた声とも付かないような「はぁ」を吐きだしてから、アティアは呟いた。
学院の一室でのあの会話の後、スティが言うには、
「私達も観察日記を付けるべきですね」
との事。
あーそーかいじゃあ勝手に付けると良いよそれなら目に見えて成長が分かりやすい植物が良いよねじゃあこの時期なら等とアティアが付き離そうとするとスティはそれを遮った。
「唯の観察日記じゃああんまり時間がつぶれないじゃないですか」
「それ君の暇つぶしじゃないか、何でボクを巻き込むオーラ全開なんだよ」
「つまり観察が一日がかりになって比較的良く動き回らないといけない物を観察すると良いと思うんですよね」
「人の話聞こうよ、君何でこう言う時だけ耳シャットアウトしちゃうのかな、聞こえない振りはボク良くないと思うんだけどな」
「とどのつまりはですね」
「とどのつまりは?」
あぁ、聞き返す辺りボカァもうだめだなぁ、と思わなくもないと言うかあぁ駄目だこれと諦めの入るアティアである。
「人の観察日記を付ければいい訳です」
ちょっとした間。
「……誰の」
「知ってる人ですよ、知ってる人」
「いや、だから誰の」
「えー例えばー、観察して楽しそうで比較的皆が知ってる人と言いますとー」
スティは顎に人差し指をとん、と当てて少し上を向いて考える。
「クロイツさんとか」
「どうやって」
「隠れて見張りを」
重く、重く、長い溜息。
「あのね、君」
言いだしてからアティアは何処からどうツッコミを入れようかと悩む。
悩む。
「あの、ね」
もう少し悩む。
「……」
悩んだ結果。
「ばれない自信はあるのかい」
ちょっと曲がった所に着地してしまった。
いやぁもうちょっと別なツッコミ方有ったよなあああああ今のおおおおおと後悔するが、まぁ良いかとすぐに考え直す。
冒険者なんて仕事やってるくらいだからまぁ人の尾行なんてあんまり褒められた事じゃないだとかそんな常識的な事はまぁ、いいか、と、
冒険者だから仕方ないという言葉は便利だな、今度使おう、と心の中で思うアティアであった。
「まぁばれたらばれたでクロイツさん辺りなら人の観察日記つけてるんですーって言ったら普通に流してくれるかなーと」
「あぁ、まぁ……」
一応ツッコミ入れたりはするだろうけども、まぁプライベート見られて激昂するタイプでもないだろう、とアティアは赤いのについて考える。
「まぁそれで一人でやると寂しいんでアティアさん付いてきてくれませんかね、私よりも隠密行動得意そうですし」
 
『いやぁまさかあちゃあさんがひそかに人の観察日記付けて喜んでたなんてハハハいえ特に他意は有りませんよハハハハハ』
 
「チェンジで」
アティアの思考の中の赤いのが良ーい笑顔で笑って来るのであった。
「却下で」
「いや却下って」
アティアはこめかみに人差し指を当てる。
いや、笑って来る事は無いだろうけれども、それでも自分が人の後をずっとつけてたと言うのが当人にばれると言うのは思うよりも気まずいだろう。
……いや、笑って来る事は無い、か?
無かったら良いな、無理か。
「じゃあ明日の朝6時に私の部屋に集合と言う事でー」
「いやボクまだ付いて行くとも言って無いんだけどさ」
 
 
「なんでボク五時半にちゃんと起きてしまったんだろう」
ベッドの上に腰掛けながら頭を抱えるアティアである。
あぁもうまぁいいかと思い服を着替えて、とりあえず帽子と、短刀と、あまり荷物がかさばっても良くないから五枚綴りの紙に、羽ペンではなく鉛筆を持って行く事にする。
羽ペンとインク壺と違って先端に黒鉛を詰めるだけでいい鉛筆はコンパクトで便利なので、最近アティアはしばしばそれを活用していた。
自室を出てスティの部屋へと行く途中、何故かひっそり悪い事をしているようなちょっとしたどきどきに捕らわれる。
「いや、まぁ実際あまり良い事はしてないんだけど」
独り言を言いながら、スティの部屋のドアを軽くノック。
そう言えばスティは普段夜遅くまで起きて朝は遅く起きると言う自堕落極まり無い生活を送っていたけれども、こんなに朝早くに起きられるんだろうか、と心配になるアティア。
「はーいどうぞー」
おや、と眉を少し動かして、ドアを開けて部屋へと自分の身体を滑り込ませる。
「いやぁ、朝の六時とか起きれる自信ないんで昨日から寝てないんですよねー」
「おい」
早くも不安になるアティアだった。
 
 
午前七時頃、軽く朝食だけ食べてから、クロイツが借りている部屋の外の木の上に陣取る。
クロイツが借りているのは二階の部屋なのでそんな場所で見張りをせざるを得なかったのだ。
「まだ寝てるね」
「そうですねぇ」
窓からベッドのふくらみを見て、そう確認する。
普段の赤い服はベッドのすぐ近くの壁にかかっていて、剣は枕元の机の上に置いてある。
普段持ち歩いている鞄はベッドのすぐ脇に降ろしてあり、鞄からは本が一匹上半身と言うか、上半分の表紙と言うかを出しながらすやすやと眠っている。
本が一匹、と言う表現もどうか、とアティアは思うが、まぁ、仕方あるまい、とも思う。
「何かあったらすぐにも荷物持って出て行けるって感じだね」
観察しながらアティアは言う。
それと、と更に思うのが、大分部屋が殺風景だな、と言う事であった。
いや、良く分からないペナントやら良く分からないキーホルダーみたいなのがごろごろと鞄からはみ出ていたりはするのだが、
そしてそれをベッドに良く分からない本がすぴよすぴよと眠ってはいるのだが、
旅する上で、あるいは生活する上で必要な物だとか、あるいはクロイツにとっての財産に当たるであろうものが部屋の中に殆ど無い。
恐らくは鞄の中に必要な物は全てしまっているのだろう。
アティアにとっては、それは彼の性格をよくあらわしているようにも思えた。
できるだけ身軽でいたい、余計な物は持って居たくない。
旅をする上で何か余計な物を持って居ると動きにくくなるし、
宿の部屋に荷物をやたら置いていると不慮の事態が起こった時に荷物をまとめるのに時間がかかってしまう。
一言で言ってしまえば根無し草と言ったところか。
「……成程ね」
剣も鞄もいつもの服もまとめてベッドのすぐ近く、
必要な物は全部すぐ持って行けるように、必要無い物はすぐに捨てられるように。
「と言うかアティアさん良く見えますね」
スティが横から口を挟んだ。
「あぁ……スティ視力悪いからねぇ」
と言うか何で視力悪いのにこう言う尾行とか観察とか考えたのかなぁ、この人馬鹿なんだろうなぁ、とちょっと頭痛がした気がするアティアである。
 
 
午前九時頃、
クロイツ、やや遅い時間の起床、まぁしかし自由な暮らしをしている割には朝はちゃんと起きているようである。
ベッドの上で一つ伸びをして、身体をほぐすように手や足を動かした後にいつもの服を着て、階下へと降りて行く。
「ほら、スティ、ボク達も行くよ」
「はいー」
間延びした返事を返すスティの瞼は段々下がってきている。
アティアは少しイラっとしたのでそこからスティを突き落とした。
「おわぁ!?」
木の上から地面へと、尻もちをつくようにべちゃりと落ちるスティ。
「な、何をなさって」
「目が覚めただろ?」
アティアはするすると木の上から下りてくる。
「あーえーまぁ幾らか目は覚めましたけどもー、えー……」
「良いからほら、クロイツ降りてったよ」
何だかんだで乗り気になってる自分が居るなぁ、と少しアティアは自覚してしまう。
そしてひばり亭、
アティアとスティは入り口からひょいと顔をのぞかせて、段々人が入り始めたひばり亭内を見まわす。
真っ赤なそれはすぐに目にとまった。
クロイツは依頼の貼られた掲示板の前で腕を組んで何事か思案している様子である。
「何か仕事見てるんですかねぇ」
と、スティ。
「一つ一つ吟味してるようにも見えるねぇ」
と、アティア。
スティには良く見えなかったが、アティアにはクロイツの視線が掲示板に貼られた紙一枚一枚を移って行くのが見えていた。
依頼に書かれた内容と、それに追加で書かれている現在受ける予定の人の名前。
「儲かる仕事を探してる……と言う訳ではないだろうね」
「それはなんかクロイツさんっぽくない理由ですからねぇ」
「面白そうな仕事が無いか一通り目を通している、と言う所かな、あの様子を見る限り朝起きたらまず確認するのが日課みたいだね」
金の為でもないのに毎日仕事の確認、と言うのはきっと冒険者と言う今の立場、今の仕事をそれなりに気に入ってるからだろう、とアティアは推測する。
やがて仕事に目を通し終えると、今日は興味を引く物が無かったのか、朝食を食べ始める。
質素、と言うほどでもないが、必要な分だけを摂取している、と言う印象を受ける食事内容である。
水と、パンと、野菜と、スープを少しずつ。
「……まぁでもスティよりは食べてるし、普通の範囲内かな」
「まぁそりゃああたしよりも食べて無かったらちょっと成人男性としては心配になりますよね」
尤もだ、と頷くアティア。
もくもくと食事をしながら、時折手を止めて中空を見ているのは考えごとをしているのか、
「あれはアレですかねぇ」
「どれだい」
「今日は何をしようかなーとか考えてるんですかねぇ」
まぁ、大体それで間違いは無いだろう、とアティアは認める。
「何か子供みたいですねぇ」
「子供?」
「今日は何をして遊ぼうか、みたいな」
「……」
子供、
子供と言ってしまうのはあまりにあまりだが、
成程、確かにそうも見えなくはない。
「スティが言うのは何だか違和感と言うか、お前が言うのか感があるけどね」
「それ酷くないですか」
 
 
午前十時半ちょっと、
朝食も仕事の確認も終えて、取り合えず街をぶらぶらと散策するクロイツ。
それを一定間隔を保ちながら付いて行くアティアとスティ。
右へ、左へ、もう一度左に行って更に左に行こうとして、そうすると元の場所に戻ってしまうと気付いて今度は右へ。
「どうも、散歩のコースは決まってはいないみたいだね」
まぁ、健康のためと言う訳でもあるまいし、面白い事を探しに歩いているのならふらふらと歩いていても可笑しくは無いだろうと考える。
途中で本屋を見つけてふらりと立ち寄り、少し本棚に目を滑らせ、その中の一冊を手にとってめくり始める。
「なんかあれですね」
とスティがアティアに話しかける。
「あれって何だい」
「あれですよ」
「だからどれ」
「凄いこう、自由満喫してると言うか」
「あぁ」
そんな感じはあるなぁ、とアティアは思う。
自由を遠慮なく使っている、と言うべきか、
自由と言う物は時折持てあましてしまうくらい大きい。
ぽんと自由になってしまった時、人はとりあえず何か仕事を見つけて不自由になろうとするか、あるいは特に何もしないか、どちらかが大半だろう、とアティアは考えている。
けれどもクロイツは渡された自由をできるだけ精一杯使ってやろう、と、
そう動いているようにも見える。
「……って言うのは考え過ぎか」
「はい?」
アティアの独り言にスティが聞き返す。
「いや、何でもないよ、まぁ、ちゃんと自由にやってる、って言うのは確かに、そう見えるね」
アティアは頷く。
 
 
昼前、十一時半位、
結局色々歩き回った結果本を一冊購入しただけのクロイツ。
ひばり亭へと戻るのかと思いきやそこから少しそれた広場へと向かう。
「ん?」
とアティアが疑問に思うのと、
「あー」
とスティが何かに納得するのは殆ど同時であった。
「あぁ、ボク達多分同じ事考えてるよね」
「あー、やっぱりですか、ですよね、こっちの方向って」
二人で顔を見合わせて頷く。
「キャスバルだね」
「キャスさんですね」
「確かに普段この時刻には広場の噴水辺りに居るね」
「そろそろ歌い始める頃合いですね」
クロイツは広場へと行く途中食料品店に立ち寄り、飴玉を一つかみ買う。
「投げるんですね」
「投げるんだね」
二人で頷く。
 
昼、十二時よりちょっと前、
広場の噴水の前に、その緑は居た。
木箱を置いてそこに片足を乗せてべべんと弦楽器をならす。
帽子の上には紺色の鳥がのっかってぴひょろ、と弦楽器に合わせて鳴いている。
その脇には何だか丸みを帯びた鉄の自立して動く装置、傀儡人か何かだろうか、それが少しくぐもった音を流している。
アティアとスティは良く知らないが、その音がくぐもってしまっているのは一度録音した音をもう一度流しているからである。
そして何やら前口上らしき声をあげるキャスバルの前を沢山の人が素通りしていく中、ほんの数人の観客が居る。
見知らぬ少女となんだか良く分かって無いらしい老婆、後は犬と猫とクロイツ。
「いや、人間三人しかいないんですけど」
「しかもその内の一人はこれが何であるか良く把握してないっぽいね」
演奏を聞きながらクロイツが合間合間でぺいぺいと飴玉を投げている。
「……思ったんですけどもー」
スティがアティアに言う。
「何?」
「あの飴玉、わざわざキャスさんの為に買ったんですよね」
「あぁ、キャスバルに投げるために買ったんだろうね、あれ」
「愛ですね」
「あい……?」
アティアは首をかしげる。
「あい……いや、愛って……あぁ、うん、愛……?」
「アーイ」
スティとアティアの視線の先ではクロイツがせっせと飴玉を投げている。
時折見覚えのある顔が通りかかって小銭を投げたりもする。
 
 
昼、午後一時程、
昼食を食べるクロイツ。
ただし朝食とは違って一人ではなく、キャスバルと一緒の食事である。
「やっぱり仲が良いですねぇ」
「と言うよりもクロイツがキャスバルにくっついて行ってる、と言う感じもあるね」
と、アティアは言ってから、少し考える。
「どうかしたんですか?」
問いかけるスティ。
「いや、何の会話をしているかも少し気になるね」
「そうですねぇ、でもここからじゃ聞き取れな」
「聞きに行こうか」
「え」
少し固まるスティ。
「ボク達も昼食時だから、普通に一緒に昼食を食べようと持ちかけてもなにもおかしくは無いだろう?」
「……」
アティアをまじまじと見るスティ。
「どうしたのさ」
「アティアさん何だかんだで割と乗り気になってませんか」
「なってるかも」
 
「クロイツさんとキャスさんこんにちわー」
さも、今初めて見ましたよ、と言うかのようにスティがてくてくと近寄って行く。
「おやスティさんとアティアさん、なんか最近その組み合わせ良く見る気がしますけどもこんにちは」
「よーぅ、丁度いいや、スティ達もここに座りな」
キャスバルが進める席に二人で座り、適当な食事を頼む。
「あ、私レタスサンドとココアだけでいいですー」
「ボカァオニオンスープと丸パンとサラダと水で」
「なんだ、二人ともクロイツと同じであんまり食わねぇんだな」
「そう言うキャスさんもがつがつと食べる方じゃないですよね」
キャスバルの言葉にクロイツが反応を返す。
「まぁこの年になると肉とか食い過ぎるとちょっと身体の調子がな! ハハッ!」
「あぁ……」
「うん……」
「そうですね……」
「そんな沈痛な顔返されるとこっちが哀しくなるわ!? 笑えよ! 笑えよお前等!?」
「まぁそんな茶番はおいといてですね」
とスティが話を進める。
「え!? 俺の哀しみを茶番で済ませちゃうの!? まぁ良いけど!?」
「丁度いい、って言うのは何の話をしてたんです?」
「あぁ、例の……」
とクロイツがこめかみに人差し指を当てながら答える。
「アレですよ、世界救済機構」
「おう、そうなんだよ、いやぁやっぱりまずは活動の拠点、っつーか、基盤が必要だと思ってな」
「基盤以前にその活動が明確じゃないのが問題なんでしょうがえぇ分かってるんですかこの緑は」
「だーかーらスティが来て丁度いいっつったんだよ」
と、にやりと笑うキャスバル。
「と、言いますと何でしょうか、僕は今果てしなく嫌な予感がしていてあぁそれが外れてくれたらいいのにと思っているんですが」
クロイツが言う。
スティは話しの内容がいまいち読めずに二人の顔を交互に見ている。
そしてその三人を傍観するアティア。
「スティ、具体的にどうしたらいいと思うよ?」
とりあえずクロイツは手に持っていたフォークをキャスバルの鼻に思い切り叩きつけた。
「オアガアアアアァァァ!!!」
思い切り後ろに倒れて地面に後頭部をぶつけるキャスバル。
「え!? 今何で俺叩かれた訳!?」
「だからそう言う具体的な活動は人に任せる物じゃなくて自分で決める物でしょうよ!?!?」
「参謀に聞くぐらいちったぁ良いじゃあねぇか!!!!!!」
「え!? 何時の間にあたし参謀になってるんです!?!?」
「あぁだからすてーさん早まらない方が良いですよって言ったのに!!!!」
「早まらない方が良いってどう言う意味だテメェ!!!!」
「そのまんまの意味に決まってるじゃないですかこの緑!!!!!!!」
「緑を罵倒の言葉みたいに使うのやめて!?!?!?」
喚く赤と緑と、あと巻き込まれるスティ。
それを見てあーあ、と溜息をつくアティア。
やがて緑は立ち上がり、さぁ来い! 俺は何時でも準備万端だぜシュッシュッ等とシャドウボクシングを始めると、
クロイツがていやーと気の抜けた声と共に金属製の灰皿をキャスバルの頭にたたきつける。
スカーンと心地よい音と共に吹き飛ぶ灰皿とその場に崩れ落ちるキャスバル。
いつも通りだなぁ、と思うと同時に、これがいつも通りってどう言う事何だろうなぁ、とアティアは疑問に思うのであった。
 
 
午後三時過ぎ、
何故か大分長引いた昼食も終わり、また街へと出て行くクロイツ。
しかし今度は明確に目的があるようで、まっすぐ何処かへと歩いて行く。
アティアとスティが後を付けると、また食料品店へとクロイツは消える。
買ってきたのは茶葉と、ビスケット等の軽食。
「三時のおやつー……と言う訳でも無いですよねぇ」
「んー……あるいは、さっきの本かな?」
「あぁ、読んでいる時に誰かに邪魔されるのもアレだから、自分で軽くつまめるものは用意しておこう、と?」
「まぁそんなとこじゃないかなぁ」
そんな会話の途中でスティが、ところで重大発表があります、と切り出す。
「眠くなってきました」
「こら」
「しかもそろそろやばいです、逆にテンションあがってきたのを通り越して結構だるいです」
ぐったりとアティアにもたれかかるスティ。
「起きれない時間に集合なんかかけるから良くないんだよ……」
「だってー」
「だっても何も無いだろう……」
「と言う訳であちゃーさん後はよろしくお願いします」
「あぁ…………うん?」
アティアが疑問を持った時には既にスティは転移で消えた後である。
「…………しまった」
そう思った時には既に遅い。
まぁ何だかんだで自分も楽しんでいるし、観察を続けるか、と思いなおす。
 
 
それから、午後六時頃まで、
午前中に買った本を自室で読むクロイツ。
特に面白い事も無く、アティアは木の上でじっと見張っているだけ。
「……冷静に考えたらボクは今物凄い不審者だな……」
やがて本を読み終えると、その本はクロイツにとってあまり『良い買い物』では無かったのか、
少し考えてから、鞄にしまい込むのではなく机の上の本棚にしまいこんでしまう。
部屋の配置から見て、あそこに置いてある本はきっと捨てたり売却してしまったりしても構わない本の類なのだろう、とアティアは見当を付ける。
 
 
午後六時半頃、日も殆ど沈んだ、夕暮れと夜の間。
夕食を取るのかと思いきやふらり、とまた街へと出て行くクロイツ。
今度もまた明確に目的がある様で、アティアは疑問に思いながらも後をつける。
(今度ばかりは何の目的か思い浮かばないけれども……?)
そう思いながら物陰に隠れながら後をついていく、すると、
 
(dice_cre) kreuz: 8(2D6: 3 5)+4 = 12
(dice_cre) Atia: 8(2D6: 6 2)+4 = 12
 
「……? 何か気配がしたと思ったんですけども」
(危なァァァッッッ)
建物の影に引っ込んで冷や汗をかくアティア。
(いやクロイツを選んだのは確か見つかってもまだ大丈夫だからって言う理由で選んだんだし下手に隠れたらそれはそれで見つかった時に怪しまれる気もするけども、
 いやでも待てよ、駄目だ、駄目だな、見つかるとか有り得ないよ、今スティ居ないし見つかったらこれボク一人でずっと尾行してたと思われても不思議じゃ無いよこれ、どんな不審者って言うか不思議ちゃんだよボク)
不思議ちゃんなんて呼称は絶対にダメだ、有り得ない、それはヤバイ、吐き気がするレヴェルだ。
そう結論付けてアティアは更に建物の影へ、影へと引っこんでいく。
「気のせいですかね?」
アティアの焦りを知らず、クロイツは首をかしげて、アティアが見ていない間にひょいっと路地裏へと入りこんでしまう。
(そもそも何であのタイミングで気配を察知しようと思ったんだよクロイツ……!)
そう思いながらアティアがゆっくりと顔を覗かせると、既にクロイツはそこには居ない。
「あ、しまったっ」
後悔してももう遅い、クロイツは何処に消えたか、とアティアは周辺を見回すが、既にクロイツは路地裏の奥へ、奥へと歩みを進めてしまっていた。
なので、アティアはこの時クロイツが何をしていたか、良く知らない。
けれども分からない事は仕方が無いし、まぁ午前中のふらふらと散歩の延長線上にある物かもしれない、と思い直して、ひばり亭前でまた見張りをする事にした。
その時クロイツがしていた事は確かにある意味では午前中のふらふらと散歩の延長線上にある物かもしれないのだが。
 
 
午後九時頃、
ひばり亭へと戻ってくるクロイツ、外で一応食事は取ってきたのか、夕食は注文せず、紅茶だけを飲んでいる。
周囲では仕事を終えた他の冒険者が酒を飲んでいるようだが、クロイツはアルコールが得意な訳ではないためそれには参加していない。
どうも何か物想いにふけりながら紅茶を飲んでいるような、
アティアは疑問に思う、
(……もう一日も終わるのに、何を?)
まぁ、何も脈絡のない事を考えているのかもしれないし、キャスバルの世界救済機構について考えているのかもしれないが……
十分程物想いにふけった後、紅茶片手に、騒いでいる冒険者達の中へと入って行くクロイツ。
どんな仕事をしたか話を詳しく聞いている様子である。
時折メモをする素振りさえ見せている。
そこでアティアは少し小さな疑問を持つ、
最初は何に対して引っかかっているのか分からなかったが、次第にそれが明確な形となる。
単に人の仕事の話を聞いてるだけなのにそんなにメモするような要素が良く出てくるだろうか?
何か感銘を受けたとしたらメモ位するかもしれないが、クロイツが人の話に感動してメモする、と言うのもどうも噛み合わない話である。
それに今話しているのは恐らく他愛もない話ばかりだろうし、何をそんなに熱心にメモをしているのか、と考える。
やがて、誰かに話をするための話のタネか何かだろうと結論付けて、あれはクロイツのネタ帳か何かなのだ、とアティアは自分を納得させる。
(…………クロイツのネタ帳)
それはそれで気になるなぁと思うのであった。
 
 
午後十時半頃、
クロイツは自室へと戻り、机の上のランプに火を灯して何かを書いている様子である。
(日記、かな)
アティアは少しおや、と思ったが、まぁ良く良く考えてみればそんな意外な事でも無いな、と思い直す。
三十分程そうやって日記を書いて、その後に今度は別の古ぼけた本と、新しい本を取り出して見比べながら、新しい本に何かを書き加えている。
(翻訳か何か? クロイツがそう言う仕事をするイメージは湧かないけれども……)
あるいは自分で手に入れた古書を興味本位で翻訳しているのかもしれない、とも思ってから、もしかしてあれが以前言っていたそーそふだか何だかの本なのかもしれないな、と思い至る。
「内容が抽象的すぎて良く分かんないって言ってたからな……」
成程、ならばあの本の古さも、この翻訳作業も納得だな、とアティアは頷く。
 
 
午後十一時半頃、
風呂場で一日の汗を流して、歯を磨いてから就寝するクロイツ。
アティアの位置からは勿論風呂場は見えなかったが、クロイツが風呂に入ってから着替えるまでの間アティアは星を見て時間を潰していた。
寝てからも三十分ほどはクロイツの様子を見ていたが、寝相が良いので大して面白い事も無く、アティアは自分の部屋に戻り、観察結果をまとめてから就寝することにした。
「……案外楽しかったな」
寝る前にベッドの上で呟く。
「ちょっと癖になるかも……」
そのまま、深夜一時過ぎ頃、アティア就寝。
 
 
 
それから次の日、
イーサが学院のいつもの部屋に来るとスティがにやにやと笑いながら何かを見ていた。
「……? 何……」
イーサが何か、と問いかけようとすると、スティは人差し指を口に当てて、ジェスチャーだけで、静かにするように、と伝えてくる。
スティの視線の先を見るとアティアがソファの上でまるまって眠っている。
珍しい事もある物だ、とイーサが見ていると、スティがひそひそ声で伝えてくる。
「どうも昨日寝たの遅かったみたいでして」
「何か……?」
「や、ちょっと観察日記をですね」
そう言うスティの顔はなんか悪戯大成功みたいなそんな顔をしていて、
楽しそうだなぁ、と思うイーサ。
スティの手元にある五枚綴りの紙に観察結果が書いてあるようで、イーサはスティの肩越しにそれを覗きこむ、
ちょっとした好奇心と、自分の観察日記の参考になればいいなぁという心から。
 
 
 
『クロイツ観察日記』
 
午前九時起床、
クロイツの部屋は殺風景で、必要な荷物は常に自身の寝床のすぐ近くに常に置いてある。
その後ひばり亭の依頼を確認、この日は興味を引く物が無かったらしく、仕事を受けなかった。
それから朝食、恐らくこの時に一日の予定を立てる。
 
午前十時半、街を散策。
この散策には目的は無いようで、本日の収穫は本屋で興味を引いた本一冊、
後にその本屋でクロイツが手に取った辺りの本棚を見た所、童話だった、意外。
本棚の空いていた部分から見て恐らくクロイツが取った童話は悲劇の話、本人がそれを承知で手に取ったかは不明。
 
十二時近く、キャスバルのところへ向かう、途中で飴玉を一つかみ購入。
それからキャスバルのコンサートを一時間ほど聞く、途中購入した飴玉を残さず投げる、日課のようだ。
 
午後一時、キャスバルと昼食、スティと同席する。
世界救済機構についての話、いつも通りキャスバルをしばくクロイツ。
 
午後三時、読書の為の軽食と茶を買いに街へ、それからひばり亭に戻り、購入した童話を読む。
一応最後まで読みはしたが、途中所々眉を潜めていた、悲劇は好きではないのだろうか。
 
午後六時半、読書も終わり、街へ、途中で見失う、見失っている間に夕食を済ませたらしく、誰かとの待ち合わせの可能性も有り。
 
午後九時ごろ、ひばり亭に戻ってくる。
紅茶を片手に他の人の話へと混じるクロイツ、所々メモする。
あのメモは恐らく何かのネタ帳のような物と思われる、何時か見てみたい。
 
午後十時半頃、日記を書く。
どうも毎日書いている様子。
 
午後十一時半頃、就寝、
毎日歯も磨いて服も着替える所から、やはりそれなりには清潔志向であると推測できる。
育ちの問題?
 
総合して、仕事が無い日は大体キャスバルとかと話をしたり、ふらりと街に出て行ったり、本を読んだりしている様子。
どうも何か気に入った話はメモをしているように見える。
やっぱり結構話のタネ集めに熱心なのかもしれない。
 
 
 
「どうです?」
とスティが問いかけてくるので、イーサはじとーっとスティの方を見る。
「…………へんたい」
「うぐっ」
自分のやった事、やらせた事を考えると、否定が出来ないスティだった。
 
 
「で、次は誰の観察日記をつけるんだい?」
「あちゃーさん何だかんだで楽しんでますし!?」
 
 
おしまい。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
どうでもいい補足とか、
クロイツが買った童話について
姪っ子に聞かせてやろうかなとちょっと乙女ちっくなの選んだけれども最後お姫様が死んで悲劇で終わるので途中からそんな気配は感じつつも律儀に最後まで読んでこれはないわー、と要らない物行き、
多分後で他のとまとめて売る、
 
キャスさんをフォークでぺしーんした理由について
キャスさんとすてーやん一緒にすると多分ろくなこと起こらないんじゃないかなぁ的な懸念、
キャスさん先導だったらまだこうなんとかまぁなんとかなるでしょうだけどすてーやん先導はちょっと危険が危ない。
 
クロイツが午後六時半から九時まで行った行動について
踊る森亭とかそう言う胡散臭い所に居たんじゃないかなぁ、
 
物想いにふけってた理由
午後六時半から九時までの間で得た情報を脳内で整理とかしてたんじゃないかな、
 
冒険者の話をメモしていた理由、
勿論話のタネ、
と言ってもネタ帳と言うよりは姪っ子にこう言う人が居たんですよハハハするための物、まぁネタ帳か、
 
翻訳作業について
勿論曾祖父の本、
アティアはそこらへんスティ達に伝えるのもどうかな、と思って意図的に観察日記から省いた、まぁどうかなというか、なんか、何と無く、
 
毎日風呂入って歯を磨いて着替えるのって別に普通だよね?について
でもほら、キャスさんとか居るし、昔の人ってそんなに毎日水浴びしたかなぁみたいな、
男の人だと二日に一回風呂だぜ!って人もいるんじゃないかなぁ、みたいな、
あ、後結局水浴びなのかシャワーみたいなの有るのか大河は良く分かんないんでとりあえず風呂場って言う曖昧な表現にしてあるのですが、
そこら辺はなんかあれだ、個々人の想像で補おう、うん。
個人的には魔法あるし、小型のバスルーム(ただし水しか出ない)程度ならそれなりにいい部屋になら付いてても良いんじゃねぇのみたいな感じで書きました、
 
キャスさんの扱い酷くねぇ? について
なんかその方が動かしやすかった、今では反芻している、もぐもぐ
 
私の思うクロイツはこんな生活しないわ! 俺のキャスバル兄貴はこんな事しねぇ! みたいな問い合わせについて
あくまで二次創作ですのでネタの一つとして受け入れてもらえれば幸い、
 
観察日記について
今後も他の人の観察日記付けてみたいなと思うけども割と他の人のキャラクター書くのって気が引けるアレ、書いても良いよ! っていう奇特な方居たら教えていただけると幸い、
赤魔とキャスさんはこう、私が個人的に好きなのと二人一組にすると分かりやすいのと、
後赤魔に関しては以前も「こう言う生活してそうですね」みたいな会話出て書きやすかったのでとりあえず書いてみた、イメージ食い違ってたら申し訳ねぇな!
今後ダルさん観察日記とかキャスさん観察日記とか付けてみたい心持、
 
これって一人称?三人称?について
一番最初はスティ寄りの三人称、観察中がアティア寄りの三人称、エピローグがちょっとイーサ寄りの三人称、
分かりにくい文章で申し訳ないですがそのように見ていただけると幸い、
 
この作品の登場人物は全て実在のキャラクターを元にしたフィクションかもしれないけども赤と緑の動向と意志によっては事実になるかもしれません悪しからず。