ノックノック。
「あーてぃあさーん」
返答が無いため、再度ノックノック。
「あーてぃあさーん、あーそびーましょー」
ほんの僅かにドアが開き、睨むような目がそこから覗く
「…………」
「おはよーございますー」
「……スティ」
僅かにドアの隙間から見えるアティアはシャツとくすんだ色のパジャマを着ていて、髪の毛に寝癖がついている。
「……今、何時だと思う?」
「1時くらいですかねー」
「夜のね」
 
《とあるほしがきれいなよる》



 
深夜2時頃、ボクとイーサは何故かスティに連れられてホルムの北に広く広がる森を北東に向けてザクザクと歩いていた。
ボクはまだ夜歩いているのに慣れてない訳ではないから良い物の、イーサに至っては半分寝ながらの行軍である。
「……で、何でボク達を連れだした訳さ」
「んー、ついてからのお楽しみと言う事でー」
溜息を一つ吐く。
夜の森は生命を感じる湿気で満たされていて、爽快感は無い物の沈み込むような心地よさがある。
その少し重さを持った空気にボクのもっと重い溜息が沈んでいく。
「何処に行くんだい?」
「ホルムの北東に丘が有るじゃないですか、ちょっとそこまで」
ボクは重ねて溜息を吐く、そして色々と諦めて受け入れることにした。
「帰りは転移で送ってよ」
ちらりと横を見ると頭をゆらゆらさせながらも器用にまっすぐ歩いているイーサが映る。
「イーサ半分寝てるよ」
「あー、目的地に着いたら起こす必要ありますけども、それまでは半分寝たままでもー」
「まず寝たまま歩かせてる事に違和感を持とうよ」
言いながら、とりあえずイーサが何時ふらっと倒れても支えられるように少しだけイーサに近寄る。
そこかしこから様々な生き物の声が微かに聞こえる森を歩く事数十分、
やがて森は開けて奇妙な石柱が数本立った丘が見えてくる、
この丘にはタイタス事件の最中には奇妙なおっさんが居座っていたらしい、
確かにこの石柱はちょっと興味を惹かれるけれどもそんな長々と居座るほどの物とも見えないのが本音だ。
ボク自身はこれは神殿か何かの建物の柱部分だけが残ったのではないか、と見ている。
ボクが石の柱に視線をくれると、柱の根元が赤かった。
正確に言うならば、赤いのが座って寄りかかっていた。
「あれ、クロイツ」
その赤いのはこちらの声に気付くと帽子を少し上げて、こちらを見やるようにする。
そしてこちらの存在を確かめると声をかけながら近寄ってきた。
「アティアさんにすてーさんにイーサさん、また珍しい組み合わせでこんばんは」
「こんな所で会うなんてねぇ、何か用事でも?」
ボクがそう声をかけるとその赤いのは顎のあたりに少し手をやりながら、ん、と少し首をかしげた。
「おや……てっきり皆さん僕と同じ理由でここにいらっしゃったと思ってたんですけども」
「んー? いやぁ、ボカァ、と言うかボクとイーサはあれの付き添い、何か急に付いて来いって言われてね」
そう言うと赤いのはふむ、と少し考えて、それから目を細める。
「それなら僕の理由もお話しない方がよさそうですねぇ」
「どう言う事だい、それ」
「いや、後からのお楽しみ、と言う事で一つ」
こう言うのは驚きも大事ですからねぇ、いや仲がよろしくて結構等と良く喋る赤いのはふとボクの後ろに目をやる。
「……イーサさん完全に寝てませんか」
「うん、完全に寝てるね」
「いやさっき普通に歩いてませんでしたか」
「寝ながら歩いてるね」
「うん……うん?」
 
 
そのまましばし待って十分程、
いい加減目的を教えてくれとボクが言おうとした頃に、スティは妙にそわそわした具合で声をかけてきた。
「そろそろイーサを起こした方が良いと思いますよ、後ちょいなんで空に注目してくださいね」
空? と少し頭に疑問符を浮かべながらもボクはとりあえずイーサを揺さぶる。
「イーサ、起きな」
揺さぶられてそのままゆらーりと大きく揺れて地面にべしゃりと倒れそうになるのを肩を掴んで支える。
……ボクより少し背が高いのが憎い。
「おーい、イーサー」
ぺたぺたと頬を叩くとやっとうっすらと目を開ける。
「ん……」
「スティが見せたいものがあるらしいけど……」
そうボクが声をかけている途中で、イーサは何かをみて、目を大きく開いた。
「……あれ……」
イーサがゆったりと自分の見ている物を指すのと、スティが、
「あ、始まりましたよ!」
と声を上げるのはほぼ同時だった。
その二つに後を押され、ボクも遅れてイーサの見た物を見る。
深夜、その日は雲が無くて星が綺麗に見える夜だった。
イーサが指したのはその星空。
空に行く筋もの軌跡が浮かんでは消えていた。
迂闊な事にボクもしばし、言葉を忘れる。
外を出歩く事は多かったから、流れ星自体は幾度か見た事はあった。
けれどもこれほど多くの流れ星が落ちるのをボクは未だかつて見た事が無い、
多分これからも見る事は無いと思う、それほどの光景。
あまりにも連続して沢山の星が流れていくので、ボクは一瞬、
ほんの一瞬だけだけども空から星が全部無くなってしまうのでは、なんて事も、考えたり、考えなかったり。
……そんな、やや少女的な空想。
そう言った物がボクの中に浮かんでは、理性がそれを消して、と言うのを繰り返す程度にはその光景はまぁ、幻想的だった。
視界の端で他の人達の様子をちらりと見る、
イーサは呆けたように見惚れていて、スティは何を思ったか、胸の前で手など組んで願い事をしているようにも見える。
石の柱に寄り掛かった赤いのと一瞬視線があって、笑われたような気がして、気付かないふりをして星に視線を戻す。
視界の端に移ったあの笑いは本当に笑っていたのか、それともボクの想像が曖昧な視界に笑いの像を作り出したのか、
口元に手を当てて、口の中で転がすような、含むような笑い。
どうも、あの赤いのは星よりもボク達三人を興味深げに見ているのではないか、と言う予感が少しだけした。
 
 
「で、二人は流星群の存在を知ってたわけだ」
「えーまぁ学院でちょっと聞きましてー」
「僕の方はあれをこれでそうしてちょっと聞きましてー」
たっぷり数分間の天体ショーの後、二人に話を聞く。
「クロイツも流星群目当てでここに来てた訳だ」
「えぇ、まぁ、そうですねぇ」
……やっぱり流星群以外の物見てたんじゃないかなこの赤いの。
その赤いのは少し目を細めてから、続きを述べる。
「どうです、こう言うのはやっぱり事前に何も知らない、と言うのも良い物でしょう?」
「ん……」
ちょっと帽子を目深に被る。
「まぁ、ね、悪くは無かったんじゃないかな」
スティが笑っているのが気配で分かる。
「まぁかく言う僕は事前情報バッチリでここに来たんですけどね、ハハハ」
……なんだろう、この、なんか、
あぁ、凄く、殴りたい、諸々のアレを込めて。
ちょっと真面目に考えたボクのこの数秒返せ。
「なんかあてぃあさんが僕にすごくいい笑顔を向けてらっしゃるんですけども」
「クロイツさんモテモテじゃないですかーやだー」
「あれ、いつの間にか僕モテてた」
 
 
なんか続きが思い浮かばないしキリも良いから、終われ。